この物語のはじまりは、とある農家のダイコン畑。
そこにはたくさんのダイコンたちが植えられていました。
大きく育った白くてきれいなダイコンたちは、収穫されて出荷の時を今か今かと待っています。
そんな中に一本だけ、普通とは少しちがったダイコンがありました。
人間の足のように、先が二つに割れているまたわれです。
他のまっすぐなダイコンたちから少しはなれた所に、またわれは置かれていました。一緒の畑で育った仲間たちが次々と箱に入れられ、袋につめられトラックに乗せられていきますが、またわれはほったらかしです。
土けむりを上げて遠ざかっていくトラックを見つめながら、またわれは思いました。
「ぼくはまたがわれているから市場には出られない。でも、それならこの割れたまたを活かして旅に出てみよう。このままここで干からびるより、住みよい場所があるかもしれない」
決意したまたわれはじっと夜を待ち、人々が寝静まった頃にヒタヒタと歩きはじめました。ただ一本の旅立ちを、空に輝く月だけが見守っています。
そうしてまたわれは、誰にも気付かれる事なく生まれ育った畑を離れたのでした。
「ダイコンが歩いている所なんて、人に見つかったら大さわぎになってしまうからな。こうして歩くのは夜だけにして、昼は土の中にかくれていよう」
元々まっくらな土の中で育ったまたわれには、夜の暗さもこわくありません。
むしろはじめて見る知らない場所の風景に、ワクワクと胸をときめかせるのでした。
「畑の外にはこんな世界が広がっていたのか。面白いなあ」
道なりに進んでみたり、草のしげみをかきわけたり、林を通りぬけたりするうちに、またわれは自分の生まれた畑がどこにあったのか、さっぱりわからなくなってしまいました。
しかし、それでもかまわないとまたわれは思いました。
「どうせもうあそこに戻ることもないだろうし、どうでもいいや。それよりも目の前に広がる道を好きに歩いて、もっと面白そうなものを探そう」
歩き続けて東の空に朝日がのぼってきた頃、またわれは足を止めて近くの地面に穴をほり、その中にもぐって眠りにつきました。
そんな風に夜の間歩き続け、昼の間に眠る事をくり返しながら何日かたったある日、広いダイコン畑のそばを通りかかりました。
かつて自分のいた畑よりも広そうだ。
そんな事を考えながらなにげなく見つめていると、何やらかすかに動くものがあるのに気付きました。枯れ草や抜け落ちた葉っぱにまじって、小さなまたわれ大根が打ち捨てられています。その小さなまたわれは、ひざを抱えるようにうずくまってふるえていました。
「やあ、こんばんは。ふるえているようだけど、寒いのかい?」
「えっ、あなたは……誰ですか? 見た所、僕と同じまたわれ大根のようですが」
急に話しかけられておどろいたのでしょう、小さなまたわれはビクッと体をふるわせました。
またわれは片手をちょこんとあげて、なおも気さくに話しかけます。
「ぼくはまたわれ。見ての通り、きみと同じさ。われてるからって市場にも出してもらえなかったんだけど、それなら旅に出ようと思って夜中にこっそり畑を出てきたんだ」
「旅……ですか。僕は小さい上に、またもわれてるから役立たずだと言われて、この草の山に捨てられたんです。納屋にすら入れてもらえず、ここでくさっていくしかない運命ですよ」
小さなまたわれはさびしそうにつぶやくと、冷えた夜の地面を見つめます。
そんな様子を見て、またわれは彼を元気づけてあげようと声に力を込めて言いました。
「またわれが役立たずだなんて、いったい誰が決めたんだ? 市場に出られなくたって、生きる道はあるんだよ。あきらめちゃダメだ。自分らしく堂々としていればいい」
「またわれさんは、生きる道を探す為に旅をしているんですか?」
「え? そんなの知らないよ。ぼくはただ、生まれた畑以外の世界が見たかっただけさ」
またわれが体を曲げて不思議そうにしていると、小さなまたわれが立ち上がりました。彼の体は、もうふるえてはいませんでした。
「僕も旅に出たくなりました。よかったら、一緒に連れていってくれませんか?」
「いいよ! 旅の仲間がいた方が楽しいし。きみは少し小振りだから、こまたわれって呼んでもいいかい?」
「はい! これからよろしくお願いします。またわれさん」
またわれとこまたわれは、仲良くヒタヒタと歩きはじめました。
しばらく進むと、道のわきに川が流れている場所に来ました。
月の光を浴びて、川の水面がキラキラと輝いています。それを見て、またわれはあることを思いつきました。
「きれいな川だねえ。こまたわれ、せっかくだからここで水あびしてドロを落としていかないか?」
「それはいいですね! きっとピカピカになりますよ」
こまたわれは小さくぴょんととびはねると、川に近づきちゃぷんと足をつけました。それを見てまたわれも、川に入り水に体をさらします。
「これはいい! 市場のダイコンよりも白くてつるつるになれそうだよ」
ひんやりした川の水がここちよくて、ふたりはたっぷりと水あびを楽しみました。
ドロでよごれていた体も、きれいさっぱりつやつやです。
「ここはきみのいた畑に近いから、コマタ川とでも名付けようか」
「また戻ってくることもありますかね。今はもっと、遠くまで旅をしたいですが」
「その為にも古いドロを落として、ハダカいっかんで旅立つのさ」
「ダイコンは服着ませんけどね」
次回へ続く